恩師野村監督の人生訓で第二の人生を復活した元野球選手

皆さんは、1996年にドラフトで5位で、当時野村監督がいるヤクルトに入団し、野村監督の秘蔵っ子として、代打の切り札として活躍した副島孔太選手を覚えていますか?

30歳で戦力外通告をうけ、その後、野球の表舞台から姿を消してしまいましたが、恩師である野村監督の人生訓である事業を行い一発逆転の成功を収めています。

副島選手の野球引退後の第二の人生は厳しい現実が待っていました。生活のために鉄板焼きでバイト生活をしていましたが、野球しかやってこなかった副島選手は「自分には何も残っていないと」生きる目標を失い抜け殻になっていたそうです。

そんなある日、たまたま自分が現役時代に野村監督の指導を書き残した “野村ノート” を見つけました。そこには『人生-野球=0』の人間にはなるな!!と、恩師である野村監督の人生訓が書かれていたそうです。

その人生訓がきっかけになり、副島選手は1000万円をかけて学習塾を開業。実は、副島選手は名門校である桐蔭学園に通っていた秀才だったのです。

自分は、野球だけではなく勉強も一生懸命やっていたことが今になっては自分の財産だと思い「勉強の大切さを伝いえた。」と思い学習塾をはじめたそうです。

その学生塾では、子供達1人1人のデーターをファイルにまとめ、そのデーターを元に講師に教育方針を指導。その結果、開業してたった1年にして生徒数が50人以上を抱える人気の学習塾に!

その学習塾の中には、副島選手が一番大好きな野村監督の言葉が貼ってあります。

心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる

現在、副島選手はさらに野球塾も開校。新しいビジネスにもチャレンジしています。